GREMO news(2024年7月号)
"人間中心" のモビリティ社会へ GREMOが目指す次世代の共創拠点とは?
名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所(GREMO)は、ヒト・モノ・サービスが効率的につながったモビリティ社会の実現を目指す研究拠点だ。工学から社会科学まで多様な専門家が集結し、産官学民が連携した多様なプロジェクトに取り組んでいる。GREMOの理念と目指すべき未来について、同所の所長を務める高田広章教授に伺った。
「ヒューマンセントリック」を掲げ、多様な分野の知見を結集
―― GREMOの前身となる組織は2011年に発足したと伺いました。当時は「モビリティ」の言葉を今ほど耳にしなかった時代だったと思います。どのような理念で組織を立ち上げ、現在の体制に至ったのでしょうか?
高田:GREMOの前身である「グリーンモビリティ連携研究センター(※)」は、モビリティに関するイノベーションを生み出す拠点として設立されました。また、イノベーションを持続的に創出し続けるために、学内の連携をより強固にすることも一つの目標でした。
※グリーンモビリティ連携研究センターの略称は同じくGREMO。当記事で「GREMO」と表記する場合は、現行組織の「モビリティ社会研究所」を指す。
―― 学内の連携について、何か課題を抱えていたのですか?
高田:自動車産業の集積地に本拠を構える名古屋大学には、同産業に関する研究者が多く在籍していますが、組織の発足前はそれぞれの連携が十分ではありませんでした。モビリティ領域ひいては社会課題の解決に取り組むには、一つの専門分野だけに収まるのではなく、異なる分野の研究者が集まって連携を深める必要があったんです。
組織改編を経て、2019年4月に現在の体制となったGREMOは、モビリティ領域を総合的に研究する組織として活動しています。ヒューマンセントリックモビリティを掲げ、"人間中心" の視点から、研究や実証を推進している点が大きな特徴です。
―― 先ほど「異なる分野の連携が重要」とのお話を伺いましたが、研究部門はどのような体制になっているのでしょうか?
高田:GREMOの研究部門は、大きく「先進ビークル」、「モビリティサービス」、「社会的価値」の3領域に分類できます。特に「社会的価値」を研究領域として掲げているのはユニークな点だと言えるでしょう。
例えば、自動運転のような新しいシステムを実装する際は、技術を向上させるだけでは不十分です。技術やサービスのみならず、社会実装につながる社会受容性の向上や法整備などにも取り組む必要があります。
そのためには、機械や電気、情報などの分野だけでなく、心理学や哲学、法学などの分野との連携も重要です。これらの多様な分野における専門家が集い、総合的にアプローチできる点が、GREMOの大きな強みだと考えています。
社会実装への意識と産官学民の視点が取り組みの根幹に
―― 異なる研究チームが連携して取り組んでいる代表的な事例を教えてください。
高田:経済産業省と国土交通省の「自動運転レベル4等先進モビリティサービス研究開発・社会実装プロジェクト(RoAD to the L4)」に参加しています。4つあるプロジェクトのうち、千葉県柏市のモデル地区において、2025年ごろをめどに混在空間で協調型の自動運転を実現すべく、実証実験を進めています。

信号がある交差点での路車連携の様子
―― その実証実験には、どのような体制で臨んでいるのでしょうか?
高田:名古屋大学のほかに、東京大学や産業技術総合研究所(産総研)、車両メーカーとして先進モビリティ株式会社など、多様な機関が参加しています。
協調型の自動運転を実現するには、インフラと自動運転車両などがデータ連携する情報プラットフォームが重要です。信号などのインフラに設置した各種センサー類の情報を送受信するだけなら、私たちの研究チームだけでも対応可能ですが、今後のサービス実装まで見据えると、実車両を走らせて有効性を検証しなければなりません。つまり、協調型のシステムを構築するためには、ベースとなる自動運転プラットフォームが必要なんです。
その点については、森川高行特任教授(※)の研究チームが開発したプラットフォームを活用しています。2017年から愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンで取り組み続けてきた森川特任教授等と連携できたからこそ、この協調型自動運転のプロジェクトに取り組むことができたと言えるでしょう。
※同氏は前身のグリーンモビリティ連携研究センターにおいて、2014年10月~2016年3月にセンター長を務めた経歴がある。
―― 学内の連携を強固にしたから実現できた事例ですね。また、GREMOでは学内の連携だけでなく、中小・ベンチャーも含めた企業との連携も重視していると伺いました。
高田:例えば、企業と共同で大規模なプロジェクトに携わったり、ソフトウエア開発で名古屋大学に出向していただいたり、さまざまな形式の協力関係があります。そうした協力関係の中で技術的な交流ができる点はお互いに有益ですし、企業側から「技術者として大きく成長できた」との声もいただきます。
また、大手企業と中小企業の混成チームで大規模なプロジェクトに取り組むことは、その後のビジネスチャンスを生み出す可能性もあります。市場のトレンドを把握できますし、人脈の醸成につながることもあるでしょう。そのようなケースでは、GREMOが企業間をつなぐハブとなり、人材育成やイノベーションに貢献していると言えます。
―― GREMOが多様なプレイヤー同士の連携を語る際、「産官学民連携」との用語を用いているのが印象的です。どのような思いで「民」を加えているのでしょうか?
高田:よく使われる「産官学連携」だけを意識すると、国民の視点が抜け落ちてしまうと考えています。例えば、先ほど触れた高蔵寺ニュータウンでは、地域住民の有志が設立したNPO法人が自動運転サービスを運行しており、まさに産官学民が連携した事例だと言えるでしょう。
モビリティの果たすべき一つの役割は、少子高齢化などさまざまな社会課題を抱える日本において、持続的に移動サービスを「民」へと提供することです。そしてそれは、GREMOにとって大切なテーマだと位置づけています。
より開かれたイノベーション拠点を目指して
―― GREMOの活動を通じて、モビリティ領域ひいては自動車業界にどんな影響をもたらしたいと考えていますか?
高田:繰り返しになりますが、東海地方は自動車産業の集積地です。しかし昨今の国内外の情勢を鑑みると、自動車業界が今後も順調に成長を続けられるかは不透明です。しかし、そうした不確定要素を踏まえた上で、日本の自動車産業が持続的な発展を遂げてほしいと願っていますし、その点に貢献することもGREMOの大きな目標です。
―― 発展に寄与するため、GREMOとしてどんな役割を果たしていくつもりでしょうか?
高田:自動車メーカーや大手サプライヤーだからこそ果たせる役割もあれば、ベンチャー企業だからこそ果たせる役割もあります。未来予測が難しい時代だからこそGREMOとしては、中小企業やベンチャー企業との連携も含めて、大企業だけでは実現できないことに注力する必要があると考えています。
例えば、先ほど挙げた高蔵寺ニュータウンの取り組みをビジネスとして確立するには、越えなければならない課題は多々あります。大手企業であれば、ビジネスとして成り立つのか不透明なサービスにはなかなか手を出しづらいのが現実でしょう。しかし、この事例のような住民参加型のモデルが必要となる場面は、今後ますます増えるはずです。
そうした社会の需要に応えるためには、まずトライアルをしてみないことには始まりません。知恵を絞って地域ごとの最適なモデルを考え、工夫を凝らして社会実装を果たす。そうしたプロセスに取り組み続けることが、GREMOのやるべきことの一つだと考えています。
―― 今後さらに国内外の研究拠点や企業との連携を深めていくために、どんな取り組みを行う予定でしょうか?
高田:冒頭に述べた通り、モビリティの未来を描くには技術の向上のみならず、さまざまな視点が必要です。分野を横断した多様な専門家が連携したり、中小やベンチャーを含めた企業と緊密に協力したり、地域住民の声を聞いたりと、幅広い交流や議論ができる場を作ることが求められるでしょう。
そうした思いを背景に、2024年はGREMO主催のシンポジウムを各地で開催する予定です。私たちの理念や取り組みを広く発信すると同時に、志を同じくする人たちとモビリティ社会のあるべき未来を語り合う場にできればと考えています。
取材・文:株式会社自動車新聞社/LIGARE編集部
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